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ココロを自由にするブログ ~自信を育て、しなやかな自分を創る~

不安に振り回されず、自由に生きる。二度の休職を経験した筆者が考える、心の自由を手に入れ、幸せな人生を歩むための、考え方と行動のヒント集。

人の心の成長の3ステップ

2週間ほど前のカウンセリングで、人間の心の成長にまつわる面白い事実を知った。

話のポイントは2つ。
・人間の心には2つの矛盾した欲求がある
・人間の心の成長には大きく3つのステップがある

今日はこの2つのポイントについて書いてみたい。


人間の心の奥にある、2つの矛盾した欲求

カウンセラーから教えてもらったのは、人間は“他人との違いを受け入れたい”と思う一方で、“他人に自分のことをわかってほしい”と思ってしまう生き物だということ。
“多様性”と“同質性”をめぐる矛盾した欲求とも言える。

後者の欲求は簡単に想像できると思う。
「私の話を聞いて」
「私の痛みをわかって」
などと思ったことがありません!なんて人はいないだろう。

前者の欲求は、ある人・ない人がいるかもしれない。
この欲求があるのが良い・悪いではないけど、人は心の成熟が進んでいくと人は“他人との違いを受け入れたい”という欲求をもつものだそうだ。
この段階は、人は他人と自分の違いに敏感に気づき、ある意味でそれが「気になる」状態。
ここからさらに成熟が進んでいくと、“他人と自分の違い”が気にならなくなり、呼吸するように自然と違いを受け入れることができる段階が来るらしい。


人間の心の成長の3ステップ

この話を整理すると、人間の心の成長には大きく3つのステップがあるのだと思う。
----------------
①まず、人と自分に「同一性」「同質性」を求める段階
②次に、人と自分の「多様性」「違い」を知り、受け入れようとする段階
③最後に、人と自分の「多様性」「違い」が当たり前に受け入れられる段階
----------------

先の2つの矛盾した欲求は、②の段階で生じるものなんじゃないかと思う。

僕自身は、大学時代に①の段階におり、社会人になってから②の段階に差しかかった。
当時の自分は、距離の近い家族や恋人に対して「なんで俺のことわかってくれないんだ」という不満を持っていて、その背景には「言葉で言わずとも、相手に自分の気持ちを察してほしい」という期待があった。
他にも「普通はこう考えるでしょ!なんでそうしないの?」という怒りも含んだ押し付けをするなど、相手と自分の考え方や判断の違いを許すことができなかった。

今思えば、「“他人と自分の違い”を受け入れること」ができれば、この種の苛立ちは起きることがなかったと思うけど、これが言うは易し、やるは難し。
この壁を乗り越えられるか否かで人間関係をめぐるストレスは減り豊かさは増すとわかっていながらも、意識するだけでできるようには到底ならない世界。

今も僕はまだ②の途中にいるが、②を乗り越えるためには想像以上にきちんと段階を踏まなければいけないことに最近気がついた。
その詳細はまた別記事に切り出そうと思うが、今の段階で一つだけ言えるのは、「自分自身の心の状態を客観的に俯瞰しようとする姿勢と力」が必要だということ。
①から③の段階に進むためにはまず自分がどの段階にいるのかを把握する必要があるし、自分の内面の弱さを直視するためにもこの要素は必須だと思う。


まとめ

人は皆、自分を理解してもらいたい・受け入れてもらいたいという欲求を持っているけど、それ自体は本能に近い当たり前の欲求なんじゃないかと僕は思う。

「誰にも認められなくたっていい」と思っている(また周りからそう見える)人も、「理解してもらいたい」という気持ちはゼロではなく、比較的その欲求が弱いだけの話ではないだろうか。

理解してもらいたい欲求が強すぎると、他人の同じ欲求に応える余裕がなくなってしまうけど、自分の欲求と他人の欲求の間で揺れ動きながら、人は体験的に「“他人と自分の違い”を受け入れること」の必要性を学ぶものなんじゃないかという気がする。

日本人なら特に「自分の話ばかりするな」とか「人の話も聞け」とか言われた経験があると思うけど、それに縛られすぎることなく、自分を受け入れてほしいときは「ちょっと話を聞いてほしいんだけど」と人を頼ること、そして相手に受け入れられることで安心したり心のつながりを感じたりすることも、人間ならではの尊い営みなんじゃないかと思う。

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