お金をかけずに心を満たすには?
リクルートに勤めていたときのおはなし。
当時僕は東京の中央区に住んでいたのだけど、とにかく何をするにもお金がかかった。
でもお金はかかるわりに心は荒んでいたし、いつも満たされなさを抱えていたように思う。
今日は、当時と今のお金の使い方の比較から、「お金をかけずに心を満たす方法」について考えてみた。
(↑休日の銀座。とにかく人と情報とお金の動きが多かった。)
都内の一人暮らしで体験したこと
リクルートで働いていた当時は終電で帰れないほど忙しく、1時間の通勤の時間と体力消費を減らすために都内での一人暮らしを始めた。
住んでいたのは銀座。
間取りは1K、21平米で家賃はジャスト10万円。
当時は、生活を切り詰めてでもすぐ帰れる場所に住みたい一心だった。
生活してみてわかったのは、外出するたびにとにかくお金がかかること。
家を出て気分転換したいと思えばカフェに行く。
銀座を出たいと思えば電車に乗る。
ご飯を作るのが面倒だと思えば外食する。
特に食事は、安く食事を済ませられるチェーン店などが多いこともあって、手間と時間をかけて料理をするモチベーションが湧かず、いつも外食で済ませていた。
当時の家計簿を見返してみると、一日の生活の様子がありありとわかるほど、あらゆる場面でお金を使っていた。
(銀座のマンションから見た風景。緑がゼロ。笑)
都内から脱出して気づいたこと
銀座で一人暮らしをすること2年半。
都内の生活に疲れ、転職して収入が減ったこともあって、神奈川県に引っ越してみた結果。
今度は、お金を使う場所がない。笑
家の近所に外食の選択肢は2つしかない。
お茶ができるようなカフェもない。
あるのは、スーパーが一つと地元のパン屋、公園と駅周辺のベンチくらい。
それでも、幸福度というか、精神的な満たされ度合いはリアルに引っ越し前の5倍くらいになった。
この経験で気づいたのは、お金の消費と幸福度が必ずしもイコールにならないこと。
僕たちは幸福になろうとしてお金を使うけど、必ずしも深く満たされるわけではない。
ストレス解消に洋服を買ってみたり、自分へのご褒美に高級な外食をしてみたりしても、満たされるのはほんの一瞬だ。
時間が経つとすぐ、元の「何か満たされない感じ」に逆戻りしてしまう。
満たされない理由は、「自分の心の満たされなさの正体」、そして「何によって自分の心は満たされるのか」を把握できていないことにあるんじゃないかと思う。
多くの人はお金があれば大抵の問題が解決するように感じ、「お金さえあれば…」と思うけど、お金があってもこれを把握しないことには本当に満たされることはない。
事実、お金持ちでも満たされなさに苦しんでいたり、お金を失う恐怖に怯えていたり、決して精神的に健康でなかったりすることを、僕は銀座に住むお金持ちを見て知った。
その点僕は、幸いなことに「自分の心が求めているもの」に気がつき、それを指針に引っ越し先や今の生活スタイルを決めることができた。
求めていた自然豊かな住環境が手に入り、カフェの代わりに公園が近くにあり、朝はまぶしい日差しと野鳥のさえずりで目が覚めて、夜は満点の星がよく見えるだけで、自分自身は結構満たされることに気がついた。
幸福度5倍、は「自分の心が求めているもの」に気が付けた賜物なんだと思う。
※都内の生活を否定しているわけでは決してなく、「僕個人にはそれが合っていなかった」ということに気づいたというお話。
お金をかけずに心を満たす方法
どのように過ごせば心は満たされるのか?
その方法は、きっと一人一人違う。
答えは自分自身の中にしかなくて、誰かが教えてくれることはたぶんない。
それでも、まずは自分自身にこんな問いを投げかけてみたらどうだろう?
お金を使わずに楽しめる方法は何か?
お金を使わずに今日という一日を最高に楽しむ方法はなんだろう?
買い物をするのも、テーマパークに行くのも、カフェに行くのもNGだとしたら?
友達に会うことはできても、お金を使えないとしたら?
もしかしたら友達とおしゃれなカフェに行くプランは、友達とおにぎりを持って公園に行き、レジャーシートを広げて青空の下でおしゃべりすることでもっと豊かな時間にできるかもしれない。
ボウリングに行く代わりに、公園でキャッチボールやフリスビーはどうだろう。
外食する代わりに、作ったことのない料理に家でゆっくりチャレンジするのもいい。
こうした問いを置くだけで、きっと「お金を使わずに心を満たす」無数のアイデアが出てくるんじゃないかと思う。
出てきたアイデアの良し悪しは後で判断するとして、まずは10個アイデアを出してみる。
そのときのポイントは、「なんとなく考える」のではなく「真剣に考える」こと。
そうすると、意外なほど、お金を使わなくても楽しめる沢山の方法があることに気づけるんじゃないかと思う。
まとめ
どのように過ごせば心は満たされるのか?
その答えは、残念ながら自分の心や感性が研ぎ澄まされているときしか見つからない。
自分の状態が悪いときは、自分が真に求めているものは雲がかかったように見えにくくなり、あまり満たされないものに時間やお金をかけてしまうかもしれない。
それでも腐ることなく良い状態が来るのを待って、その答えを探し続けることが大切なんじゃないかと思う。
僕自身も悪いこと続きで泣きたくなることもあるし、考えても悪い方向にしか進まないこともあるけど、どんなときでも「最終的にはすべて良くなる」と希望をもって、自分自身と対話を続けていきたいと思う。