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ココロを自由にするブログ ~自信を育て、しなやかな自分を創る~

不安に振り回されず、自由に生きる。二度の休職を経験した筆者が考える、心の自由を手に入れ、幸せな人生を歩むための、考え方と行動のヒント集。

小田急線の駅員さんから学んだ、「人と人のコミュニケーション」

昨日0時過ぎの終電で最寄駅に着いたときのこと。

ややこしい乗り継ぎをして窓口でSuicaの処理をしてもらうとき、笑顔で対応してくれた駅員さん(30代前半くらいの若い男性)にふとこんな疑問を持って、その場でぶつけてみた。

「この時間まで勤務したときはどうやって家に帰るんですか?」

すると、駅員さんからこんな答えが返ってきた。

「終電まで駅にいるときは、そのまま泊まりなんですよ。
ちゃんと奥にベッドがあって泊まれるようになっているので、朝までそこで仮眠します。
泊まりの日は基本的に24時間勤務なんです。
ここに表札を置いてもいいくらいですね(笑)」

小田急線だけなのかはわからないけど、終電まで勤務した駅員さんが泊まりだとは知らず、思わず僕はこう言った。

「泊まりなんですか…!大変ですね。いつもありがとうございます。
すみませんでした、変なこと聞いちゃって。」


すると駅員さん。
「そんなことないですよ(照れくさそうにニコニコ)
おやすみなさい」

最後の「おやすみなさい」で、じんわり心が温まって昨日は家路につくことができた。
言葉で表現するのは難しいけど、とにかく優しさのあふれる駅員さんだった。
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小田急線の駅員さんとのやり取りから感じたこと

このやり取りで、僕は2つのことを感じた。


①僕たちは日々、誰かの仕事によって支えられている

 一つは、僕たちが普段何気なく利用しているサービスは、すべて人の仕事によって支えられていること。

朝食に食べるパンには作り手がいて、通勤電車は電鉄会社の人々によって支えられ、昼食を提供してくれる飲食店があって、家路につく途中に立ち寄るスーパーやコンビニには店員さんだけでなく、仕入れ担当者や製造者が関わっている。

僕たちはそうした関係者と直接顔を合わせたり会話したりする機会がないだけで、そのサービスが当たり前に提供されるものだと思ってしまうけど、

「0時を過ぎても電車で家に帰ること」を可能にしてくれているのは、人だった。
その人自身が家に帰れない代わりに、僕が家に帰ることができているのだと思うと、自然と感謝の気持ちが湧いてきた。


②仕事を「無味乾燥なもの」から「血の通ったもの」にすることの大切さ

もう一つは、仕事を「無味乾燥なもの」から「血の通ったもの」にすることの大切さ。

昨日は普段会話することのない「駅員さん」という存在が、乗車サービス以外の会話をすることで何かこう、生き生きとした「ヒト」に感じられた経験だった。

コンビニやスーパーの店員さん然り、
僕たちは日頃何かのサービスを受けたり提供したりするとき、「そのサービスの提供者と受益者」という関係性を超えてコミュニケーションをとることは少ない。

それは当たり前なのかもしれないけど、無味乾燥なやり取り(コンビニ店員さんで言えば、レジを通して合計金額を伝え、お金を受け取ってお釣りと商品を渡すだけのやり取り)だけで無難に事が終わってしまったとき、僕はちょっとした寂しさを覚える。

人が目の前に「いる」はずなのに、何かロボットとやり取りしたかのような無機質さ。無味乾燥さ。少なくともそのやり取りで心が温まることはない。

それが、昨日みたいに自分から駅員さんに話しかけるだけで「サービスの提供者と受益者」の関係から「人と人」の関係に変わり、「人と人」としてお互いの思ったこと・感じたことを率直に伝え合ったことで、そこに本当のコミュニケーションが成立した気がした。

でも、僕が駅員さん話しかけることができたのは、彼がとてもにこやかに対応してくれたからだ。「Suicaの処理」という無味乾燥になりがちな仕事を、彼は気持ちのいい笑顔と誠実さで快く引き受けてくれた。

だからこそ、僕もその場で気になった疑問を投げかけてみよう、きっと話しかければ気持ちよく会話に応じてくれるだろう、と思ったのだと思う。


まとめ

どんな仕事に就いてでも、作業的な業務になるとどうしてもやり取りが無味乾燥で、無機質なものになりがち。

コンビニのレジ対応、飲食店での注文取りや配膳など、BtoCのビジネスだけでなく、
オフィスワーカーの社内でのやり取り、法人顧客とのやり取りでも、
無味乾燥なやり取りに偏ってしまう場面は多い。

僕の感覚でしかないけど、大企業で働いている人は特に心で感じたことを表現しない人が多いし、そもそも「心が感じていること」を自覚しているのかどうかも怪しいような気がする。

でも、きっとコミュニケーションはお互いが率直に感じたことを言葉にし合って、お互いの世界を交換することで初めて成立するんだと思う。
そういった対話には、有機的で人間らしい温度がある。
そしてその温度によって初めて、人の心の深いところが満たされうるような気がする。

僕は一駅員さんの対応を見て、自分自身も「機械的な仕事ロボット」になっていると客観視できたときは「人間」に戻れるよう意識したいと思った。

「人間」に戻って、感じたことをきちんと感じて、なるべくそれを言葉にして相手に伝える。
時と場合によってそれができないとき、やらないほうがいいときがあるのも現実だけど、その我慢の度合が自分の限界を超えるようなら、その仕事を続けることはきっと難しいんだろうと思う。

ビジネスマン、企業人、仕事人である前にまずは人間をやること。
自分自身もよく忘れそうになるので、今日は改めてその大切さを書いてみました。

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