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ココロを自由にするブログ ~自信を育て、しなやかな自分を創る~

不安に振り回されず、自由に生きる。二度の休職を経験した筆者が考える、心の自由を手に入れ、幸せな人生を歩むための、考え方と行動のヒント集。

性格の「弱み」は「強み」

性格に良し悪しはあるんだろうか?

「あの人は性格が良い」とか「あの人は性格が悪いから付き合わないほうがいい」とかいう言葉はよく耳にするけど、それは「良い性格」や「悪い性格」というのが存在するということなんだろうか。

今日はそんなふとした疑問から始まった考察の記録。

 

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性格に良し悪しはない

結論から言うと、冒頭の問いへの僕なりの答えは"NO"。
僕は、性格に絶対的な良し悪しはないと思う。

どんな性格も「よく働く場面」と「悪く働く場面」があって、そのどちらかを切り取って、性格が良いとか悪いとか言われるだけの話。

たとえば、「飽きっぽい」という性格の表現は一般的にマイナスの言葉で使われるけど、「一つのことにこだわらず、次々に新しいものにチャレンジできる」というプラスの側面にもなりうる。

同じように、他にもこんなに沢山マイナスからプラスに変換できる例がある。

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繊細で傷つきやすい → 人の気持ちがよくわかる
話下手 → 話すのが苦手な人の気持ちがわかる
慎重で行動が遅い → 事前に思考を巡らせ、丁寧に物事に取り組む
マイペース → 周囲に左右されずに自分のペースを保つことができる
気分屋 → 自分の気持ちに正直に行動できる
集団行動が苦手 → 単独行動が苦にならない
人に興味がない → 人の気持ちや言動に左右されすぎない
-------------------

日本人は特に、特定の事実を挙げて一つの性格にあたかも絶対的な良し悪しがあるかのように裁定を下し、悪い性格は改めさせようとする傾向がある気がする。

元々自己肯定感の高い人ならまだしも、ありのままの自分に自信が持てていない人にとって、ありのままの自分の性格について絶対的な良し悪しを判断されるのはとても辛い。

しかし、自己肯定感の人ほど他人の評価をまともに受け止めて落ち込みやすいという悩ましい構造があるような気がする。

そんなとき、上の例に示したように自分自身で性格がプラスに働く側面を発見したり、周囲にそういう発見をしてくれる人を持っておくと、性格を一面的に捉えて苦しくなることが少なく済む。

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性格に良し悪しの意味付けをする危うさ

元々生まれ持った自分の性格で、「嫌だ」「直したい」と思うことは誰しも一つくらいあるだろう。

でも、そう思うのはなぜ?

自分の内部から発するポジティブな動機ならいいけど、周囲から言われた言葉で問題意識をもったり、ありのままの自分ではダメだと感じて「嫌だ」「直したい」と感じてはいないだろうか?

後者のように、周囲が性格に良し悪しの意味付けをすることで、本人「ありのまま」の自分の性格にOKを出せない(≒受け入れることができない、認めることができない)ようになるケースは往々にしてあり、これが本人の人生に与える影響は計り知れないほど大きい。

特に親が子どもの性格に「良し悪し」の意味付けを与えると、子どもは「ありのまま」の自分の性格、ひいては「ありのままの自分」を受け入れることができなくなり、自己肯定感は十分に育たない。

子ども自身の中に「親から褒められ、受け入れられるOKな自分」と、「親から叱責され、直さなければいけないNGな自分」が生まれると、後者の自分を見せて叱られることが怖くて自分の内側に抑圧するようになりかねない。

自分の中に「NGな自分」がいるということは、「100%ありのままの自分」を受け入れることができていない、「100%ありのままの自分」に自信を持てていないということ。

子どもの自己肯定感を育みたいのなら、子どもがこのように感じないように細心の注意を払い、叱る場合でも叱る対象を「子どもの性格」ではなく「子どもの行動」に絞らなければいけない。
子ども自身にも、「性格ではなく行動について叱られているんだな」と伝わるような叱り方を心がけなければいけない。

仕事で部下を育てる場合も同じこと。
部下に自信を持って生き生きと働いてもらうためには、同じように叱り方に注意しなければいけないと思う。

 

まとめ

日本に生まれ日本で育った人は「周囲からどう見えるか」を非常に気にする。
それ自体は悪いことではなくても、度合いが強すぎると意識が外に外に向き、自分自身の中から育つはずの何かを失うような気がする。

その一つが「自信」や「自己肯定感」だと、僕は思う。

これまでの生い立ちの中で周囲からの見え方を過度に気にする癖がついている場合、それを手放すのは容易ではないかもしれない。

それでも、周囲からの「性格」へのマイナス評価を受けて落ち込みそうになったときには

  • 性格に絶対的な良し悪しはないこと
  • 今、目の前の相手は「特定の場面(仕事など)において」「相手の価値観のフィルターを通して」「一面的な」意味付けをしているにすぎないこと
  • 今、マイナスの評価を受けている自分の性格は、かならずプラスに働くときがあること

の3点は忘れないようにして、自分自身の心を守っていけるといいと思う。

 

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