ココロを自由にするブログ ~自信を育て、しなやかな自分を創る~

不安に振り回されず、自由に生きる。3度の休職を経験した筆者が考える、心の自由を手に入れ、幸せな人生を歩むための、考え方と行動のヒント集。

直観が呼び起こされるDVD、『はじまりの記憶』

5年ほど前に友人の紹介で知った映画、『はじまりの記憶』。
今日はその紹介をしたい。

『はじまりの記憶』は杉本博司さんという現代美術家の半生を描いたドキュメンタリー映画で、杉本さんの人生と世界観が実に豊かに伝わってくる。 

杉本さんは日本ではそれほど名を知られていないものの、ニューヨークを始めとしたアメリカのアート業界では非常に名の知れた人気美術家。

『はじまりの記憶』は言葉では言い表せないほど素晴らしい映画で、観た後に残るものはいわゆる「映画」という媒体から受け取れるもののレベルをはるかに超えているように思う。

はじまりの記憶  杉本博司 [DVD]

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この映画を最初に観たときの率直な感想

渋谷の小さな映画館で初めて観て以降、強烈に惹かれるものがあり、結局僕は映画館に計3回足を運んだ。

初めてこの映画を観たときの僕には、この映画や杉本さんが発しているメッセージがスムーズに理解できず、それでも「なにか、人生においてものすごく重要なことを言っている」という感覚だけあって、とにかくメッセージをきちんと受け取りたい一心で何度も観に行った記憶がある。

よく、本を読んだり映画を観たりした後に「深い学びがあったな」と思うことがあると思う。うまく言葉にはできないけど、少なくともその本を読んでよかった、その映画を観てよかったとは断言できる、言いようのない良い後味。

この映画は、その後味だけで終わらせるには、あまりにもったいない。
「感じ取った学びを自分なりの言葉にできるくらい、きちんと消化したい」と強烈に僕に感じさせる何かが、この映画にはあった。

 

映画の見どころは、宝物のような言葉の数々

映画は基本的に、杉本さんが作品の製作に向っている場面やインタビュー取材、ナレーションで構成されている。

近年の杉本さんが作るアート作品はすべて、「人間一人一人の個人史を超えた先にある、人類共通の記憶」をテーマにしていて、他のアート作品にはない独自の世界の切り取り方がある。
作品自体の面白さもさることながら、そのテーマを見出すまでに彼が踏んだ思考や興味関心の変遷が、とにかく興味深い。

一番の見どころはなんといっても、随所に散りばめられている杉本さん本人の言葉、そしてナレーションの言葉だ。
ボーっと聞いていたら消化できず流れていってしまうような深い言葉の数々は、ハッとするものが多く、普段の生活では刺激されない感性を刺激されるような感覚がある。
中でも僕の印象に残った杉本さんの言葉を、いくつか紹介したい。

 

「アートとは、目には見えない精神を物質化するための技術」

「資本主義というのは、ある意味では動物界における人間の特権的エゴが特に強調される、自然との関係の中ではこれは“食い尽くさなければ生き残れない”という過酷なシステム。これから人類が自然との関係の中でどうなっていくのか、という問題は非常に危機的な状況になって、誰もこうしたらいいんじゃないか、という世界の人々が合意できるような美しい理想というのはどこにもなくなっちゃった。」

アートというのが人間に残されている最後のインスピレーションのソースではないかと思うんですよね。ですから、これからますます重要さが増す。政治的な意味でも、科学的な意味でも、宗教的な意味でも。人間の考える力が一番保持されているものがアートであって、そういう力をまだ保っている人がアーティストと呼ばれるんじゃないかと思うわけですよね。」

「昔、日本人が自然との共生関係にあったような、そういうようなその関係性をもう一回こう、資本主義のなかで再構築できるのかどうか。こういう形で日本的な感受性というものを感じてもらえるような装置を作るのが僕のアートかもしれない。」

招かれるがままというか、呼び寄せられるっていうか、お前がやれって言われてるような気がすることをずっとやってきているわけなんですよね。やるべき程のことが あるのかっていうことですよね。」

「見るべきものは見つ、っていう感覚を、僕は死ぬときにそう思いたいですよね。」

「絶対に究明できない状況の中に我々は産み落とされてしまってると思うんですね。わからないのに、探求装置だけつけられて、答えは絶対にわからないっていうシステムが埋め込まれてるっていうような気がするんですよ。そういう人生を与えられてるわけですよ。」


こうした言葉に触れて、僕は長年疑問に思ってきた「なぜ人々はアートに惹きつけられるのか」の一つの答えが見えたような気がした

本来、人間には元々「考える力」が備わっていて、それに従って生きるときに人間はより豊かで、本質的な「生」を生きることができるんだと思う。

ここで言う「考える力」とは思考力ではなくてインスピレーション(直観力)。
インスピレーションの力と、それを形にする技術を保持する人がアーティストと呼ばれ、人々はアーティストの作品に触れることで、アーティストの得たインスピレーションを疑似体験するとともに、自らがインスピレーションを得るための刺激を得る、ということなんじゃないか。

アートに触れる人の心には、単に「美しいものに触れたい」だけではなく、もっと深いものにアクセスしたいという欲求があるような気がする。
人間は皆根っこでは「より良い“生”を生きたい」と願っていて、より生きる方向に向かうためにアートに触れようとするのではないだろうか。


『はじまりの記憶』を観て得られるもの 

なぜ飽きもせずこの映画に惹かれ続けるのか、その理由を考えながらこの5年間を過ごしてきたので、今日は書き留めてきたメモを共有したい。

僕というサンプル数1人の感想でしかないのですべての人に共感してもらえるとは思わないけど、少なくとも僕は観終わった後にこんなものを得ることができ、これが『はじまりの記憶』に強く惹かれた理由でもあるということを伝えたい。

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  • 杉本さんの大きな世界観に触れて、自分の知覚が拡張したような、自分の世界の境界線が押し拡げられたような不思議な感覚を覚え、心理的な囚われが外れる気がする。これは、「自分が気を向けている日常の問題がいかに非本質的で小さなものかを自覚することができる」というレベルの感覚ではない。言葉にするのが難しいが、「自分の人生の中で最も重要なものにアクセスできる」くらいの強烈な感覚がある。
  • 後期資本主義経済の中で、一人の人間としてどのように生きていくか、どのように自然が共生していくかを再考する機会を得ることができる
  • 杉本博司さんという一人の人が、自分の興味関心を、自由に解放している生き方に感銘を受ける。楽しそうに、ひたむきに自分の興味関心を深めていき、それが結果としてアーティストとしての仕事となり、充実した人生を送る杉本さんを見て、何か勇気付けられるものがあった。
  • 自分という人間が今生(こんせい)で果たすべき使命・役割は何なのかをキャッチしようとするアンテナが立った
  • 自分自身が生まれ持ってきた「人生の設計図」を思い出せるような気がする
  • 自分の無意識、さらには人類共通の集合的無意識のようなものにアクセスできたような不思議な感覚がある

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アートのように言葉で価値を表現することが特に難しい領域があるのは感じていたけど、今回これだけの字数を費やしてもこの映画の内容や魅力、僕が受け取ったものは100%言語化することができていない感覚があり、非常にもどかしい。
(杉本さん、映画監督をはじめ制作スタッフの皆さんすみません)

人によって好き・嫌いや興味関心のある・なしはあると思うし、相性もあると思うので一概にすべての人にお薦めはできないけど、僕の感性で「この人は興味を持つかも?」と思った人には直接薦めることにしている。

レンタルビデオ店などでは入手できないかもしれないが、機会があればぜひ鑑賞してみてほしい。

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