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心を自由にするブログ ~自信を育て、しなやかな自分を創る~

もう不安に振り回されない。二度の休職を乗り越えた筆者が語る、心の自由を手に入れ、本当の意味で幸せになるための、考え方と行動のヒント集。

「成果を出していないと意見すら言えない」という風潮はおかしい

今日は自分の「ベースとなる価値観」を一つ作ってみました。
(※参考→生きるのをグッと楽にする、「ベースとなる信念」の作り方 - ココロを自由にするブログ ~自信を育て、しなやかな自分を創る~

社会人になり組織に属していると、往々にして
「成果を出している人の意見は重視され、そうでない人の意見は無視される」
という場面に直面します。

ここでいう「意見」とは、組織の体制や仕組み等、仕事に関係する進言のこと。
たとえば営業職であれば「ノルマを達成してから会社への不満を言え」という話です。
それ以外の職種でも、「一人前に仕事ができるようになってから生意気を言え」という風潮はどこにでもあるでしょう。

当たり前の論理として受け入れがちですが、私はずっとこの風潮に違和感があります。
というのも、私自身転職するたびに「成果を出していないから意見が聞き入れてもらえない状態」になって沢山悔しい思いをしてきたからです。
組織の批判で終わるつもりなんてないのに、キャリアが浅くて成果が出せないだけで意見を聞いてもらえないなんておかしいじゃないですか。

ということで、今日は改めてこの風潮の是非を考えてみます。


■結論:「成果を出していないと意見すら言えない」という風潮は非合理的だ

「成果を出していないと意見すら言えない」風土のある組織では、「何を言ったか」より「誰が言ったか」が重視されます。
営業であれば売れっ子営業マンの意見が説得力を持つのです。

確かに、「成果を出していない人の意見には説得力がないから聞く価値がない、成果を出している人の意見には説得力があるし聞くに値する」というのは一見納得できます。
よくある論調だとも思います。
しかし、逆にそれは感情論ではないか?と最近思うのです。

「意見に説得力がある」というのは「その意見が的を射ている可能性が高い」という意味合いでしょう。
では、「本当に成果を出している人の意見が的を射ている可能性が高いと言えるのか」と考えてみると、そうとも言い切れません。
売れっ子営業マンの価値観、人間性、ものの見方の癖などによっては、発言内容が偏っている可能性は十分にあるわけです。
逆に言えば、成果を出していない人の方が本質的な意見を言うケースもあるはずです。

それを念頭に置くと、「誰が言ったか」ではなく「何を言ったか」を重視し、発言の内容そのものを吟味する方が組織にとってプラスになるのではないかと思います。
組織の意思決定に役立つ材料が集まることが重要だからです。

「発言者が成果を出している・いないにかかわらず、基本的にすべての意見には遍く聞く耳を持つべき」
というのが私の基本的な考え方です。


■ただし、発言者の当事者意識と責任感の有無は厳しくチェックする

ただ、上記はあくまで理想論です。

現実的に、限られた時間の中ですべての意見に耳を傾けることは不可能に近いでしょう。
仮にそれが可能だとしても、素早い組織の意思決定のために効率性(無駄な意見は聞かないこと)を追求する必要があります。

そこで重要になるのが、発言者の「スタンス」によって意見を聞き入れる・入れないを判断することです。

組織には「当事者意識が欠如し、批判ばかり並べ立てて自己満足に陥って成果を出すことにコミットしない」タイプのメンバーが一定数存在します。
彼らの存在は組織にとって大きな損失ですし、彼らから組織の意思決定に役立つ本質的意見が出てくる可能性は限りなく低いでしょう。
当事者意識のない人には、根本的な解決策など生み出せないからです。

こうしたメンバーについては「成果を出してから意見を言え」スタンスで臨み、意見を聞き入れる必要はありません。
(厳しいですが、言われる側にも問題があるので致し方ないでしょう)

逆に、今現在は成果を出せていなくとも、一定の条件を満たすメンバーであればその意見には耳を傾けた方が組織のためになります。

その条件とは、
①本人が成果を出す必要性を理解しており、
②行動レベルで成果を出すことにコミットしていて、
③成果を出していない自分が意見を言うことに葛藤している誠実さを備えている
の3つです。

この条件を満たす人は、先の批評家タイプにはない2つの要素を持っています。
それは、「当事者意識」と「責任感」です。
つまり、組織を運営する主体者になったつもりで、主体者と同じ目線で物事を考えているということです。
「自己の満足や利益のためではなく組織の利益のために物事を考える」という姿勢があるだけで、その意見の質は他とは一線を画すものになります。

組織にとって一番大切なことは、「最短の時間で、最高の意思決定材料を集めること」であるはずです。
この目的を達成するために、発言者の当事者意識・責任感の有無によって、意見を聞く・聞かないを決めるのがベストな選択でしょう。


■まとめ

結論をまとめます。

・「成果を出していないと意見すら言えない」という風潮は非合理的。
・組織にとって一番大切なことは、「最短の時間で、最高の意思決定材料を集めること」であるはず。
・そのためには、成果を出しているか否かではなく、発言者に当事者意識と責任感があるか否かによって意見を聞き入れるかどうかを判断すべき。

これこそ真に合理的な判断だと思いますが、
とはいっても「成果を出さないと意見すら言えない」という風潮が大勢を占めるのは事実です。

そうした組織に身を置いているのであれば、その風潮に従ってまずは成果を出すことに集中するしか道はないでしょう。
自分の意見を聞き入れてもらうためには、成果を出すための土壌づくりから始めるほかありません。

ただ、もし自分自身が組織の経営に近い立場に身を置くことになったときには、私は発言者のスタンスを一番に重視したいと思います。
その方が、組織全体にとってプラスになる判断ができる可能性が高いだけでなく、
将来成果を出せる可能性が高い社員の意欲を削ぐこともないからです。

長くなりましたが、今回改めて考えを深めてみて、自分なりの考えが導き出せた気がしています。
「ベースとなる価値観」をまた一つ作れたことの充実感と、こうして考え抜くことの重要性を改めて感じました。

「発言者のスタンス」の中でも何を見るか、そしてそれをどう見極めるかは様々な考え方があると思います。
新しい考え方やご意見があれば、コメントいただけるとうれしいです。

初めての仕事に取り組むときのヒント

初めての仕事に取り組むときは、疑問が沢山湧きますよね。
すべて解消しようとすれば時間がかかりすぎる一方で、スピードを重視すれば誤りや抜け漏れが出てしまう。私は社会人1〜2年目でこの問題にぶつかり、とても悩みました。

初めての仕事に取り組むときは、質とスピードどちらを優先すればいいのでしょうか?


■基本は質優先、スピードは後からついてくる

ちなみに私は、「基本的に質を優先すべき」と考えています。
最初はとにかく丁寧に、許される時間の中で質を最大限高める努力をする。
なぜなら、スピードは慣れれば自然とついてくるからです。

最初からスピード優先で仕事を進めると、後々緻密に振り返りを行い、その内容を確度高く実行に移さない限り、後々から正確さを追求したり仕事の質を高めることは難しくなります。

許される範囲で時間を最大限使って質を高めたとしても、初めての仕事ゆえ至らない点はあるでしょう。
でも、時間を目一杯使って最大限質を高めようとしたからこそ、至らなかった点の反省がより身に染みるのだと思います。
そういうときの反省は深く心に残り、必ず次の改善へつながっていきます。 


■とはいえ、仕事の出来は相手(依頼主)が決める

ただし、もちろん仕事の依頼主の希望に沿うことが第一です。
納期を無視して質を高めることに固執するのは自己満足でしかありませんし、
依頼主が質よりスピードを重視しているのであれば、完成度が低くても一回提出する(必要あらばそこから一緒に完成度を高める)のが妥当です。

仕事の出来は相手(依頼主)が評価するものであり、相手側の基準で進めるのが大前提です。

ただ、自分側に質とスピードのどちらを優先するかの選択権があるのであれば、質を重視したほうがより早く「最短の時間で最高の成果を上げられる」状態に近づけるのではないかと思います。(※理由は前述のとおり)


■ただし、どんな仕事の進め方が最適かは人の成長タイプによる

ただし、この考えには1つ注釈をつけなければいけません。
それは、質→スピードの順に優先するやり方は、「1つ1つの仕事を積み上げて、少しずつ難易度を上げながら着実に力をつけるほうが結果的に早く成長できるタイプ」の人に向いている考え方だということです。

逆に、「実力をはるかに超えた大きな仕事を丸投げされ、何もわからない中で試行錯誤することで早く成長できるタイプ」の人には、この考え方は向かないかもしれません。

仕事における「成長」とは、
・これまでできなかった仕事ができるようになること
・これまでの仕事が、より短い時間でできるようになること
です。

「質とスピード、どちらを優先するのが自分に合っているのか」
「質とスピード、どちらを優先したほうが自分は早く成長できるのか」
自分が新人であれば、これらの質問を自身に投げかけてみましょう。

逆に自分が人を育成する側に立ったときは、相手のタイプを見極めて質とスピードのどちらを重視させたほうが「成長」が早いかを考え、最終的には本人の話も聞きながらこちら側で指針を示してあげてはいかがでしょうか。

特に仕事経験のない新入社員には、色々な意味で「何を優先して仕事を進めるべきか」の判断基準が備わっていないので、周囲が様々な観点(「質とスピードのどちらを優先すべきか」など)から指針を示すことは非常に重要です。 

文章を書きたい初心者に。-『武器としての書く技術』(イケダハヤト 著)-

このブログを始めて間もないとき、思ったような文章が書けなくてこの本を手に取りました。
2016/12/11のエントリ(ここまでのブログの振り返り - ココロを自由にするブログ ~自信を育て、しなやかな自分を創る~)で文章がうまく書けない原因と対策について考えましたが、この本はあえてこのエントリ執筆後に読んでみました。 

武器としての書く技術 (中経出版)

武器としての書く技術 (中経出版)

 

結論、文章を書きたい初心者には非常にオススメの本です。
イケダハヤトさんの文章は非やすくて読みやすく、サクサク読めるのに実践的なヒントが満載の内容になっています。

この本は一言で言うと、
・残念な文章の特徴とそれを最強の文章に変えるための「書く技術」の分析・解説をし、
・ブログ収入を稼ぐための技術と方法を、複数の観点から紹介している
本です。

この本自体が「書く技術」を実践して書かれているため、内容は非常にわかりやすく、読みやすいものになっています。この本のわかりやすさ・読みやすさが、紹介されている「書く技術」の説得力を高めているといえるでしょう。

実際のこのブログで「書く技術」を実践したところ、自分の文章の自己採点が格段に上がりました。
以前よりは、「伝えたいことが、伝わるよう書けている」気がするのです。

内容が気になりますよね。
参考までに、本の目次を一部紹介します。
----------------------
<文章が残念な人の10の特徴>
①何が言いたいのかわからない
②文章が長い。一文が長い。
③同じ語尾が続く
④抽象的すぎる
⑤私的すぎる
⑥「〜だと思います」、「〜な気がします」が多すぎる
⑦多方面に気を使いすぎて何が言いたいかわからない
⑧まじめで優等生
⑨最後まで読まないと結論がわからない
⑩そもそも内容がつまらない

<凡人の文章を最強の文章に変える10の魔法>
①編集者になって自分の文章を添削する
②読者の思考を先回りする
③記事のタイトルを工夫する
④人目を引きやすいマジックワードを文章に混ぜる
⑤ワンテキスト・ワンテーマの法則
⑥リズムの良い文章を意識する
⑦万人に伝わる言葉を使う
⑧ひらがなとカタカナ、漢字のバランスに気をつける
⑨名言などの引用を混ぜてみる
----------------------

中でも一番勉強になったのは、「批判を受けるリスクがあっても、本音を言い切る。“~と思います”などの曖昧な表現は使わず、“~です”と言い切った方がメッセージは伝わる」という技術です。

仮に自分の意見が過度に偏っておらず中庸より少しどちらかにずれている程度だとしても、それをそのまま文章にしては、伝わるものも伝わらないということ。
言い切ることは、誰かが言ってほしい意見を代弁することでもあること。
白か黒でいえば白!というように、時には言い切るべき場面があることを学びました。
(実際にこのブログでも、初期より最近の記事の方が曖昧な語尾が減っているはずです)

あえてこの本をオススメできないポイントを挙げるとしたら、2つでしょうか。
一つは、ブログで収益を出す方法についての記述が多いことです。頻繁にブログを更新して収益化を目指す人でなければ、270ページのうち70ページほどは不要な情報です。

もう一つは、紹介されている「書く技術」の難易度の低さです。
「ブログ」という媒体を使ってアクセスを稼ぎ、稼ぐことを前提に話を進めているので、そのつもりである程度の量の文章を書いてきた経験のある方、文章を書く上で特段ストレスを感じていない方マネタイズのノウハウを調べて実践してきた方には既知のノウハウも含まれていると思います。


言わずもがなですがこの本に書かれている「書く技術」を実際に実践しなければ本当に価値ある文章が書けるようには100%なりません。
ヘタクソでも10点でもいいから、とにかくアウトプットしてみることが重要です。

実践する過程では、必ず思うように実践できない「書く技術」が出てきます。
それがゼロに近づくよう、試行錯誤する過程こそが自分の成長につながります。
できれば一定期間に集中的に書く訓練を積むことで、文章力は格段に向上するでしょう。


著者の言う通り、「書く技術」は私たちが思っている以上に自分と他者を差別化する大きな「武器」になります。
「書く技術」で生計を立てている著者の言葉はすべて著者自身の実践と失敗から編み出されたもので、これで1,500円は安いと思います。

「書く」という行為は、
・思考力が鍛えられる
・自分の意見を客観的に見ることができるようになる
・会社の外の人に自分という存在を知ってもらえる
・その結果、自分の仕事の領域も広がる
・記憶力が高まる
・人前で話す力、人に伝える力が向上する
・自分を表現することで「個人」を取り戻せる
・自分の思考を言語化することでストレスマネジメントができる
など、たくさんの果実をもたらす営みです。

この機会にぜひ、「書く」ことを始めてみてはいかがでしょうか?

人を信頼する・しないの判断基準について考えてみた

個人的なエピソードですが、以前こんなことがありました。

仕事の同僚で、付き合い始めた当初はとても優しく「素晴らしい人だな」と思っていた人が、付き合いが長くなるにつれて自分への態度を変えたのです。
次第に傲慢で自己中心的になっていくその人を見て、最後はその人は「外面(そとづら)だけがよく、内面(うちづら)が悪い人」だとわかりました。
一定以上の距離に近づくと内面(うちづら)の悪さが出るので、家族はかなり苦労していたようです。
途中で「この人は信頼できない」と思った私は、徐々に距離を置くことを決めました。

付き合い始めは誰しも良い面ばかりを見せるもの。
ですが付き合っていくうちに「信頼できない」と気づくのでは、プライベートはまだしも仕事上では死活問題です。
特に社外の取引先選定に関しては、相手が信頼できる人でなければ自社の損失にダイレクトにつながります。
信頼できない人間性を持っている人は、早期に見抜いて付き合わないのが賢明です。

ではどのように「信頼できるか・できないか」を見抜けばよいのか。
今日は自分なりの考えを書いてみたいと思います。


■私が「信頼できる・できない」の判断基準にしているのは5つ

仕事で関わる相手について、私が見ているのは以下の5つです。
・言行一致
・公私をきっちり区別している
・自分にとって都合の悪い意見にほど、真剣に耳を傾ける
・人によって態度を変えない
・虚勢を張らない
一つずつ、選定の理由を説明していきます。

①言行一致
一つ目は、言動と行動が一致していることです。
言動だけ立派で行動が伴わないのは、仕事において致命的です。
「伝えたことを実行してくれない」では、安心して仕事を任せることができません。
できることのみをできると言い、できないことは潔くできないと言う誠実さは、まさに信頼につながるポイントです。

②公私をきっちり区別している
少し意外かもしれませんが、公私をきっちり区別していることも重要です。
これを重視する理由は、公私が区別できない人は「自分の利益を少しでも多く取ろう」「自分の利益を守ろう」という意識が強いと考えられるからです。その意識が強いと、重要な決断の場面で独善的な判断をする可能性があると考えています。

私がこの基準を設けている理由は、オリンパス元社長のマイケル・ウッドフォード氏がまさにこの基準で人を判断していたからです。
ウッドフォード氏の告発本『解任』によると、同氏がこの基準に照らして最後まで信頼を置けなかった会長の菊川氏は、結局同社の粉飾決算の首謀者として逮捕・起訴されています。

③人によって態度を変えない
相手の所属や社会的地位、職業、富、名声などに関係なく、すべての人に同じ態度で接することも非常に重要です。
えこひいきは論外。下に厳しく上に媚びるのももってのほかです。
相手の社会的地位などによって態度を変える人が信頼されないのは想像に難くありません。

誰に対しても公明正大で、嘘をつかず、本心を話す。
基本的なことですが、それによって初めて本当のコミュニケーションが成立するのだと思います。

④自分にとって都合の悪い意見にほど、真剣に耳を傾ける
特に企業の経営に携わる人には、この資質は必須です。
企業の経営には、経営陣の人格や価値観が多大な影響を与えます。
正しい経営判断のためにはそれにふさわしい考え方・価値観を経営陣が持っていることが必須ですが、そのためには、時に自分自身に対する耳の痛い批判を真正面から受け止めなければいけません。

経営陣でなくとも、この資質を持っている人を私は尊敬します。
そういう人は、「自分の弱さを認め、さらけ出す強さ」と「意見してくれた相手を尊重する姿勢」の2つが兼ね備えられていると思うからです。
それを兼ね備えている人といない人で仕事の結果に違いが出ることは、容易に想像できますね。

⑤虚勢を張らない
自分の偉大さを誇張する人は、弱みを隠そうとしているものです。
誰しも他人に見られたくない弱みはある中で、あえて隠さずにさらけ出す強さを持っていることは大きなアドバンテージになるでしょう。

「自分の弱みを隠さない」ということは、ビジネス上のやり取りでも良い情報だけでなく悪い情報も誠実に伝えてくれる“可能性”(あくまで可能性です)を感じさせてくれます。
悪い情報を隠さずに伝えて、公正な情報のもとに判断をゆだねてくれる相手は信頼できますよね。

■まずは、自分なりの判断基準を作ることが大切

上記の5項目はあくまで私の考えであって、「何をもって人を信頼できるか・できないかを判断すべきか」という問いに答えはありません。

ですが、自分なりの答えは持っておくべきだと思います。
いざ「相手を信頼するかどうか」を判断しなければいけない場面が訪れたときに、その場で考えるのでは遅いからです。

自分なりの答えは“暫定的な、今現在の自分の考え”でいいと思います。
完璧な判断基準を求める必要はありません。
その基準で人を判断して、後々失敗すれば、そのときまた基準を微調整すればいいからです。

この問いには人の数だけ答えがあります。
その答えすべてに適う自分を作り、「誰からも信頼される人になる」のは正直難しいと思います。
ですが、せめて自分の答え(自分なりの「他人を信頼する・しない」の判断基準)には、自分自身が応えられるようになりたいところですよね。
私自身も、先にあげた5つの基準を満たせるくらい、自分を磨いていきたいと思います。

「やる気が出ない」は、「休め」のサイン

「頭ではやらなければいけないと思っているのに、やる気が出なくて動けない場面」
ってありますよね。
掃除洗濯、買い物といった家事から仕事まで、数えればキリがありません。

予定していたことが予定通り終わらないとストレスが溜まります。
でも、それがわかっていても動けないときがあることもまた事実。
こんなとき、どうすればいいんでしょうか?


■やる気が出ないときは、絶対にやらない

私の考え方は、「気が乗らないときは、絶対にやらない」です。
「やらない」だけではありません。むしろ、全力で休むことに集中します。緊急性が高くないときは間違いなくそうします。

理由は至ってシンプルです。
「やる気が出ない」ということは、体か心のどちらか(または両方)が「休みたい」とSOSを出しているのだと、私は考えているからです。
そこで心身の声を無視して頑張っても、後々別の場面で「やる気が出ない」状態になるだけです。だって体と心が疲れているんですから。

最悪なのは、「やらなきゃ」と思いながらダラダラと休むこと。
急き立てられるような焦燥感を感じながら動かないでいると、事は前に進まないばかりか、休むことへの罪悪感でさらに疲労度が増します。


■ポイントは、疲れ切る前に休むこと

2016/12/18のエントリ(仕事の“焦燥感”で苦しまないために - ココロを自由にするブログ ~自信を育て、しなやかな自分を創る~)で、こんなことを書きました。

疲れているから、仕事や仕事に関係する勉強に費やすエネルギーがない。
心ではやらなければと思う気持ちと休みたいと思う気持ちが葛藤を起こす中、体には頑張るエネルギーが残っていないからこそ「だらだらしてしまう」のです。
頑張れなくなるのは「これ以上エネルギーを使うと生命の危険だ」という体のサインなです。そういうときは頑張れない自分を責めるのではなく、むしろが頑張れなくなるくらいまで頑張った自分自身を褒めてあげてください。

一番大切なことは、「心と体が疲れ切る前に休むこと」です。
心と体は、本当に疲れ切ると回復するまで想像を絶する時間を要するからです。
回復を待つ間、まったくと言っていいほど心と体は言うことを聞かず、やろうと思っていた予定はすべてパアになってしまいます。
それを避けるためにも、「疲れ切る前に休む」のが、今の私のポリシーです。

短期的視点で「目の前の予定」をこなすことにエネルギーを使いすぎて、
途中でぽっかり予定に穴を空けてしまうことは、どう見ても損ですよね。


■予定はまた組み替えればいい

予想外の休養で予定通り終わらなかった作業は、また後に回せば問題ありません。
確かに予定は狂いますが、それは大した問題ではありません。
それは家事にしても仕事にしても同じです。

一番大切なことは、「予定通りに作業を終わらせること」ではないはずです。
予定通りに事を運ぶことに固執する前に、
・何のために予定を立てたのか?
・その予定通りに事が進まないと、本当にまずいのか?
を立ち止まって考えてみましょう。

私は、(仕事以外の場面では特に)予定通りに作業を終わらせることよりも心身の健康の方がよほど大切だと思っています。
そもそも予定通りに終わらなくても死にはしないと割り切ってもいるので、とにかく無理しないことを意識しています。

確かに仕事ではそうも言っていられない場面がありますが、
私の場合、予定通りに仕事を進めることを目指しつつも、目的から考えて問題のない場合には柔軟にスケジュールを組み替えます。
スケジュールがどうしても動かせない場合でも、自分の心身の健康が保てる範囲でしか努力しません。
一度体と心を壊して以来、「自分の健康を害してまでやるべき仕事は存在しない」というのが、私の一つのベースとなる信念になっているからです。


■まとめ

しかし上記はあくまで私の考えであって、やる気が出ないときでもどこまで無理するかは、個人の自由です。

今回の記事で一つだけ言いたいことは、「やる気が出ない」は「休め」のサインだということです。
そのサインを受け取るか受け取らないか、どう受け取るかは自分次第。
ただ、サインを無視し続けて私と同じ辛い思いをする(人生にぽっかり働けない空白期間ができてしまう)人が生まれないことを心から祈るばかりです。

【書評】これで「面白い人」になれるかも?-『「おもしろい人」の会話の公式』ー

今日はこんな本を読んでみました。
私自身、飲み会で場を盛り上げられる人や、いつも興味深い話をしてくれる人に憧れているので、ちょっとでもそのエッセンスを学びたいという思いから買った本です。

「おもしろい人」の会話の公式 気のきいた一言がパッと出てくる!

「おもしろい人」の会話の公式 気のきいた一言がパッと出てくる!

 

結論。これ、とても良い本です。
参考になりますし、実践的だし、読み物としても面白い。

この本は一言でいうと、
・「おもしろい人」の会話がなぜ面白いのかを分析し、
・誰でも実践できるよう、会話が「おもしろく」なる55個のエッセンスを紹介している
本です。

「おもしろい人」とは、単に「笑いが取れる人」だけでなく
・気の利いた言葉の返しによって、相手の気持ちを和らげられる人
・会話で相手を楽しませることができる人
・会話の中で相手を不快にさせない人
なども含んだ広い意味で使われています。

元々こうしたセンスに恵まれている「おもしろい人」なら読む必要はありませんが、
そうでない大多数の人にとっては必ず「なるほど!」と唸るポイントがあるはずです。

55個のエッセンスは「おもしろい人」の分析という帰納法的な方法で抽出されているので、「おもしろい人」になるためには「抽象度の高いそれらのエッセンスを現実の場面に合わせて具体化する」という演繹的作業が必要になります。

つまり、「おもしろい人」への一歩を踏み出すためには、「この本に書かれているエッセンスは、現実に私たちが直面する場面でどう使えるか?」を考える訓練が必要だということです。
その訓練の積み重ねで、おそらく「おもしろい人」に近い思考回路ができあがっていくのでしょう。

この本を読んで一番勉強になったのは、「おもしろい人」には常に自分を客観的に見る余裕と、相手の心情を察知できる感性と、相手に対するおもてなしの心があるということです。

これまでは漠然と(半ばヒガミで)「おもしろい人はいいよな」と思っていましたが、訓練を積むことで後天的にでも「相手にとっておもしろい人」になれるのでは?と思わせてくれる良書でした。

短時間で気軽に読み切れますし、内容も濃くて満足度の高い本でした。
お勧めです!

生きるのをグッと楽にする、「ベースとなる信念」の作り方

<この記事の要点>

①「ベースとなる信念」を作れば、どんなに困難場面でもブレない判断ができる
②他人の「ベースとなる信念」を見抜けば、付き合うべき人がわかり、人生の幸福度が上がる
③「ベースとなる信念」を作るためには、判断に迷う場面で「何を一番大切にしたいのか?」を自分に問うこと
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「どうすればいいんだろう…」
考えても答えが出ない、本当に判断に迷うときが誰にでもあると思います。

私自身、人材系の会社で営業職をしていたとき、得意先に自分が心からお勧めできない商品を売ることにも罪悪感を持ちつつも、売上ノルマを拒否して営業しないわけにもいかずに非常に悩んだ経験があります。

不満をグッと飲み込んで、会社に課されたノルマを達成しようと努力するべきか。
「納得がいかない商品は売らない」と会社に反旗を翻すか。
その2択を頭に思い浮かべた当時の私は、結局答えが出せませんでした。
結果は、表面上は商品を取引先に営業して回るものの形式的に紹介するだけで売上は上がらない、という中途半端なものに終わりました。


■自分なりの「判断基準」を作ることを目指す

今思い返せば、当時の私にはその場の身の振り方を決める「判断基準」がなかったのだと思います。
なぜでしょうか。そしてどうすれば「判断基準」が作れるのでしょうか。

そもそも「判断基準」は自分の考え方や価値観によって作られます。
逆に言えば、どんな考え方や価値観を持っているかによって、物事の判断基準は変わってきます。

たとえば、上司からの飲みの誘いを断った新人Aくんがいたとします。
50歳のベテラン社員Bさんはその行動をNG行動だと断じましたが、入社3年目の先輩Cくんは全く問題のない行動だと考えました。
このとき、Bさんは「上司からの飲みの誘いには乗るべきだ。誘いに乗ることは礼儀だし、仕事の範疇だ。」という考え方・価値観を持っています。
対するCくんは、「仕事が終わった後はプライベートの時間だ。行きたくないのであれば、飲みの誘いに乗る義務はない。」という考え方・価値観を持っているわけです。

ここで言いたいのは、Bさん・Cくんどちらの考えが正しいということではありません。
どちらの考え方も一種の正解。
ここでのポイントは、BさんやCくんは自分なりの考え方・価値観を持っていたからこそ、瞬時に物事を判断することができたということです。


■ポイントは「ベースとなる信念」を作り上げること

この「自分なりの考え方・価値観」には、様々な種類があります。
「必要なモノだけが最低限あればよい」というモノに関する考え方、
「趣味の車にお金を費やすが、他にはまったくお金をかけない」といったお金の使い方に関する考え方、
「他人に迷惑をかけてはいけない」「他人への思いやりを忘れてはいけない」といった親から教えられる類の考え方、
「人生で最も大切なのは家族との時間だ」といった、人生で一番重きを置くものについての考え方、
など、数え上げればキリがありません。

私はこうした「考え方や価値観」のうち、特に個人個人の根幹をなす基本的考え方を「ベースとなる信念」と呼んでいます。
「ベースとなる信念」には、以下のような特徴があります。

・抽象度が高いが、極めて本質的
・困難な場面でこそ立ち返ると、有用な「判断基準」となる
・親から教えられるような、人間としての基本的な教えではない
・多くの人が後天的に、経験の中で作り上げていくもの

「ベースとなる信念」があると、どんな困難な問題に対しても、その信念に立ち返って一本筋の通った判断ができます。

具体例を挙げましょう。
冒頭で挙げた例を思い出してください。
先の例では、「会社から給料をもらっている以上、自分は営業ノルマを達成する責任がある。納得のいかない商品でも売らなければいけない。」という考えと、「お客様には自分が自信を持ってお薦めできる商品を売りたい。その商品の販売を通して、真の意味でお客様自身の役に立ちたい。」という考えが私の中で拮抗していました。

こんなときに、「自分は自信を持ってお客様の利益になると言い切れる商品しか紹介しない。自分が納得できる商品をお客様に届けるためなら、どんな努力も惜しまない」(※)という信念を持っていたとしましょう。
すると、具体的な行動としてたとえば
・新商品の品質や性能への不満をまず商品開発部に伝える。(とはいえ一営業マンの意見では商品の再開発までには至らないだろうから、あくまで布石として伝えておく)
・そのうえでお客様に新商品を紹介し、満足できる部分と満足できない部分のヒアリングを密に行う。
・お客様の利益になることが一番大切なので、もちろんこの段階で商品に満足しているお客様には堂々と買ってもらう。
・一連のヒアリング終了後、ヒアリング結果とそこから自分が感じた「お客様が真に求めている価値」の意見を付加して、商品開発部に商品の改善提案を行い、お客様に更なる利益をもたらせるよう商品の改良に取り組む。
などが挙がってきます。
この4点の行動は、すべて前述の(※)に立ち返って導き出した行動です。

“「ベースとなる信念」があると、どんな困難な問題に対しても、その信念に立ち返って一本筋の通った判断ができる”ということが少しイメージできたでしょうか?

ただ、お察しのとおり「ベースとなる信念」は一つ持つだけでは不十分です。
仕事や人間関係、人生全体…それぞれの分野で複数の信念を作る必要があります。
特に仕事においては、部下を持っており自身の仕事の影響範囲が大きな人は、周囲を納得させられるくらいの、量と質を兼ね備えた「ベースとなる信念」を数作る必要があります。

■他人の「ベースとなる信念」を見抜くことで、付き合うべき人を見抜く

人と付き合うとき、注意深く相手を観察すると「ベースとなる信念」が見えることがあります。
なぜなら、「ベースとなる信念」は言葉ではなく細かい行動に現れるからです。

たとえば、「身近な人ほど一番大切にすべきだ」と言っている人が、週末に家族を家に残し趣味のゴルフに興じる。
「部下の仕事を信頼している」といっている人が、部下の仕事に細かすぎるチェックを入れる。
こうした言行不一致を見かけたときは、行動こそがその人の「ベースとなる信念」を物語っているものです。

逆に言えば、他人の細かい行動を注意深く観察することで、「その人が大事にしているもの・価値観は何か」はわかります。
そうして人の本質を見抜くことができれば、自分が付き合いたいと思う人もおのずと絞られきます。

付き合うなら、友人も、仕事の仲間も、もちろん人生の伴侶も、「ベースとなる価値観」が自分と似ている人を選ぶ方が共感し合えることが多く、自分の人生の幸福度は上がるでしょう。


■「ベースとなる価値観」の作り方

「じゃあどうやって“ベースとなる信念”を作ればいいのよ?」と思いますよね。
その方法は簡単です。
判断に迷う場面に出くわしたら、少し頭を使って「何を一番大切にしたいのか?」を自分に問うだけです。

判断に迷うときというのは、「何を一番大切にしたいのか?」が見えていないときなんですね。
だからこそ、自分の「ベースとなる信念」を作る絶好のチャンスだと前向きに捉えましょう。

私はこの「ベースとなる信念」を作ることこそ、人生の中で最も面白く充実感のある営みだと思っています。
一方で、いくら信念を作り上げても、これまで作り上げてきたものでは対応できない問題が永遠に起こるのが人生だと思います。

そうして判断に悩み葛藤する度に、自問自答しながら新たな「ベースとなる価値観」を作っていくこと。
それこそが、一つ前のエントリー

元K-1世界王者、魔裟斗選手から学ぶ「仕事に向き合うメンタリティ」 - ココロを自由にするブログ ~自信を育て、しなやかな自分を創る~

でも書いたように「魂を磨く」ことの一部なのではないかと考えています。

今日書いたことは、あくまで私自身が「気づいたこと」であって、完璧に「できること」ではありません。
現実の中で判断に迷うことは数えきれませんし、人の意見に流されることも多々あります。
私自身も発展途上の一人の人として、これから「ベースとなる信念」を一つずつ作り上げ、自分を磨いていきたいと思っています。

 

元K-1世界王者、魔裟斗選手から学ぶ「仕事に向き合うメンタリティ」

久しぶりに、元K-1選手の魔裟斗さんの試合をYouTubeで観ました。

私は高校生のときに魔裟斗選手を知り、初めてテレビで試合を観て以来ずっと、テレビ中継される試合は欠かさず観るほど魔裟斗選手のファンでした。

魔裟斗選手の何がここまで自分の心を惹きつけるのだろう?」
そう考えてみると、そこには万人に活かせる仕事の教訓があることに気付きました。


■「全力で仕事に向き合う姿勢」が、人の心を動かす

全盛期の魔裟斗選手の魅力は、なんといっても「圧倒的な強さ」と、「劣勢に立たされたときでも、決して守りに入らず相手に立ち向かっていく勇気」(もちろんルックスも)でした。
目の肥えた格闘技ファンを唸らせるほど、その試合は熱く、面白かったのです。

魔裟斗選手は2003年に、日本人初のK-1世界王者に登り詰めます。
しかし、それから4年もの間、壮絶なトレーニングを積みながらも魔裟斗選手はチャンピオンベルトから遠ざかってしまうのです。

そして2008年、5年ぶりのベルトを手にした魔裟斗選手は、これまでとは違う魅力で世界中の格闘技ファンに感動を与えます。
魔裟斗選手は、試合後のインタビューでこう語りました。

「本当にようやく、やっと…やっと獲ることができました。
15歳から格闘技を始めて、もう人生半分、もう約15年間格闘技をずっと続けてきて、本当に一つのことを一生懸命頑張ると本当にいいことがあるんだな、という風に今日本当に思います。
たぶん色々みんなも辛いことがあると思うけど、
途中であきらめずに最後までやり通すと、結果はどうあれ、すごい充実したいい気持ちになるし、
“継続は力なり”じゃないけど、ずっと続けることがこのベルトにつながったと思います。ありがとうございました。」

【試合動画】
K-1 WORLD MAX 08' 世界一決定戦 魔娑斗 vs アルトゥール・キシェンコ - YouTube

会場でこのインタビューを聞いていたファンの多くが、涙を流しました。
その涙は、何度倒れても立ち上がって相手に向かっていく心の強さと、これまでの魔裟斗選手の苦労や苦悩、血のにじむような努力を知っているからこその心からの祝福、そして
「全力で格闘技に向き合い、努力を続けてきた姿勢」と、「その努力の結果磨き抜かれた精神」に感銘を受けたからこそものだと思います。

(実際、悲願のベルトを取った後に「色々みんなも辛いことがあると思うけど」って観客を気遣えるのがすごい)

ここで思うのは、「仕事で圧倒的な結果を出す」だけでなく、そこに「全力で仕事に向き合って努力する姿勢」が加わるからこそ、結果として人の心は動くということです。

格闘技に限らず、仕事では苦痛を伴う場面が数多くあります。
立ちはだかる困難や苦痛を前に、逃げてしまいたくなるときもあります。
ですが、その中でも「苦痛に勝るほど強く実現したい志を持ち、その実現に邁進すること」ができれば、結果はどうあれ自分の精神は磨かれ、深い充実感を得、人の心を動かすことができるのだと思います。


■働く意味

京セラ創業者の稲森和夫さんは、著書『生き方』の中で働く意味についてこう述べています。

「労働には、欲望に打ち勝ち、心を磨き、人間性をつくっていくという効果がある」
「一つのことに打ち込んできた人、一生懸命に働きつづけてきた人というのは、その日々の精進を通じて、おのずと魂が磨かれていき、厚みある人格を形成していく」

魔裟斗選手はまさに、格闘技という労働を通して魂を磨き、それを観ていたファンは、その魂にもまた胸を打たれたのだと思います。

魔裟斗選手が「結果がどうあれ」と言うように、努力をしたからといって期待していた結果が出るとは限りません。
ですが、結果を出そうと努力する過程で磨かれた精神(=魂)、そしてそこから生まれる充実感は、必ず残るのです。
私は、その「努力の過程で磨かれた精神」こそが、全力で仕事に向き合うことで得られるもっとも尊い果実だと思います。

翻って自分を顧みてみると、「人の心を打つくらい、全力で仕事に向き合っているか?」と問われて、YESと即答できるでしょうか?
私はとてもできません。
自分なりに全力を尽くしてきたつもりですが、魔裟斗選手や稲森和夫さんに比べると、とてつもなく甘いと言わざるを得ません。

今の自分の現状は認めながらも、これからは魔裟斗選手にもらった感動を忘れずに、
全力で仕事に向き合っていきたいと思い直した一日でした。

読書の質をワンランク上げる、たった一つのコツ。

読んだ本の感想を人に聞かれてうまく説明できなかったことってありませんか?

私はよくありました。
面白かった本でも、その魅力やお薦めする理由を100%表現することができませんでした。
でもそれって「本の内容が理解できていない」ことの表れで、非常に勿体ないことです。

今日は、そんな「なんとなく読書」を卒業し、
加速度的に成長できる読書の方法について書きたいと思います。


■コツは、「自分との対話を極限まで深めること」

読書の醍醐味は、本の世界と、自分の内面世界の間の対話、そしてその対話を通じて自分なりの価値観を再構築することにあります。
私たちは文字を読みながら、そこに書かれている内容と自分の価値観を無意識に照らし合わせてああでもないこうでもない、と感じたり考えたりしています。

その内容が、本を読んでいる最中に自分の頭の中浮かぶ、色々な“独り言”です。
そして、こうした「読書中の独り言」こそ、本の内容よりも取り逃がしてはいけない宝物です。

なぜなら、この「読書中の独り言」は、自分の考え方や価値観を知る(=自分の現在地を知る)きっかけと、新たな自分の価値観を作る(=自分を創る)きっかけになるからです。

具体例を挙げましょう。
たとえば、企業経営者の自伝の中に「不景気の中、自社の収益性の改善が急務となり、やむなく不採算部門の社員のリストラを行った。」という一文があったとします。
これを読んだとき、あなたは何を感じますか?
「不景気だからある程度のリストラは仕方ないよな…」とか、
「いくら会社の経営が苦しいからといって、本当にリストラは避けられなかったのか?
他の手段をすべて試したうえで、最後の手段としてリストラを選んだのか?」
など、さまざまな感想を持つのではないでしょうか。
このときに頭の中で呟いている内容こそ、自分の率直な考えや価値観が反映されたものです。

大抵の場合、こうした独り言は一瞬で頭の中を駆けめぐり、深く考察されることなく流れていってしまいます。
相当強く意識して独り言を頭に留めない限り、思考回路は次の文章を処理することに気をとられてしまうからです。

その結果待っているのが、読書後に「感じたことは沢山あるんだけど、色々ありすぎて説明できない」という残念な状態です。
これでは何も読んでいない、考えていないに等しいのです…。


■自分との対話を深めるコツ

「じゃあ具体的にどうすれば自分との対話を深められるの?」と思いますよね。
コツは、たったの2つです。

一つは、「読書中の独り言」を言語化すること。
せっかく読書中に色々なことを感じていても、言葉にできなければ感じていないのと同じです。読書中に自分の中で起こる、
「この著者の考え方はおかしい!」などの喜怒哀楽、
「うんうん、そう思う!」などの
共感、
「何か違う…100%共感できないんだよな、、」などの違和感等々、
感情が動いたときにはなるべくそれを言葉にしてみましょう。
その際、何に対して、どういう感情を持ったのかをセットで、具体的かつ正確に言葉にすると更に正確に自分の感情が把握できるようになります。

もう一つは、本文中に出てくる考え方・価値観に対して、自分なりの結論が出せるまで考え抜くことです。
読書をしながら思考を言語化する癖がついてくると、その場で自分なりの考え方を固められない難しい問題にぶつかることが出てきます。
先程の例でいえば、「不況下のリストラはやむを得ない」という考え方と、「どんな理由があろうとリストラはすべきではない」という考え方の間で自分の意見がまとまらないケースです。

しかし、それはまだそのテーマについて自分の考え方や価値観が固まっていない証拠。いわば伸びしろです。「新たな価値観を作り、さらに自分を高めるための機会」ととらえて、苦しくてもとことん考えぬくことが大切です。

同じ例でいえば、「会社は従業員を幸せにするために存在する。その意味で、リストラは最も避けるべき経営再建手段だ。本当にリストラをするのなら、リストラ禁止の条件付きで他社からの買収を受け入れるなど、従業員を守るための他のあらゆる手段の実現が難しいという前提の中で、リストラする社員の再就職先を斡旋することが条件だ。」などという結論に至れれば考え抜いたと言えるでしょう。

こうして何かしら自分の考えが固まるまで自問自答を繰り返していく。
この“自分なりの答えを出そうと考えるプロセス”こそが、単なる読書をワンランク上の読書に押し上げてくれるミソなのです。


■まとめ

読書での成長度合いは、「読書を通じて自分との対話をどれだけ深めたか」に比例します。
「自分との対話を深める」という行為には、自分の現在の価値観(=自分の現在地)を知るということ、そして自分の中でまだ価値観の固まっていない部分を構築するということの2つの側面があります。

そのいずれも「自分を創る」行為に他なりません。

人は誰しも、自分の中にある程度ベースとなる価値観を持っていますが、それは言葉にしない限り、本人が意識的に自覚することはありません。
意識的に自分の価値観(先の例でいえば「会社は従業員を幸せにするために存在する」という価値観)を把握できていれば、現実にさまざまな問題にぶつかる中で常に自分の価値観に立ち返って納得のいく、一本筋の通った判断をすることができます。

社会や個人が現実にぶつかる問題が複雑化・難化し、“正解”など存在しない現代だからこそ、最後に問われるのは
「一人の人間として、どういう価値観の下に判断をくだすか」
なのだと思います。

私自身も、今日ここに書いたコツを実践しながら、一人の人間として分厚い価値観・信念を作っていきたいと思っています。

人生を幸せに生きるために必要な2つのこと(このブログについて②)

第一号エントリとして「このブログについて」という記事をアップしましたが、最近明らかに書きたいことが変わってきたので、こちらを本ブログの解説の最新版にしたいと思います。


■このブログは、「人生を幸せに生きるヒント集」

政治や経済が混迷を極め、社会の先行きが全く見通せない現代。
かつて一生安泰とされた大企業が倒産し、終身雇用は崩れ、何をよりどころに生きていけばいいのか誰もが見えない時代になっています。

誰だって幸せになりたいですよね?
でも、「人生を幸せに生きる方法」を教えてくれる人って、全然いないと思うんです。

だからこそ、このブログでは「幸せに生きるためのヒント」を書いていきたいと思います。
「幸せに生きるためのヒント」なんて胡散臭いと思うかもしれませんが、紹介するのは極めて現実的な考え方と行動のヒントです。
すべて、私が日々の生活の中で気づいたことをベースに書いたものです。


■幸せになるためにすべきことは2つ。

人が幸せをつかむために必要なことはたった2つ。

一つは、「不安や恐怖に振り回されない、考え方の技術を身に付けること」。
もう一つは、「どんな環境でも生き抜ける強くしなやかな自分を創ること」です。

どういうことか、順を追って説明しましょう。


■そもそも「不幸」とは何か?「幸せ」とは何か?

人生の不幸は、「否定的な感情に振り回されること」によって起きています。

自分が不幸だと思ったときを思い返してみてください。
仕事で失敗したとき、人に裏切られたとき、病気になったとき…
そこには悲しみ、苦しみ、怒り、不安など、必ず否定的な感情がありませんでしたか?

不幸は「目の前の現象」だと思いがちですが、実はこの「否定的な感情」こそが不幸の正体です。

困ったことに、この「否定的な感情に振り回される」という問題はお金では解決できません。
その証拠に、お金持ちでも不幸な人はたくさんいますよね。
何億という報酬を得ながら家庭が崩壊している会社社長、高給を得ながら病気になる医者など、数えればキリがありません。

誰もが幸せになりたい。
そんなとき人が起こす行動は単純です。
お金や地位、名誉や尊敬、モノなどを所有することに躍起になるんです。

しかし、それでは本当の幸せはいつまで経っても手に入りません。
なぜでしょうか?
それは、こうしたものを欲する行動の背景にはすべて「不安」があるからです。
先ほど書いたように、この「不安」がある状態そのものを「不幸」と言うんです。

逆に「幸せ」とはそうした不安がすべてなくなった状態のことを指します。
想像してみてください。
不安が何一つなく、心が安らいでいる状態。
目の前に問題は起きるものの、それに不安を感じなくて済む状態。
そうした心の状態こそが「幸せ」の正体なんです。


■どうすれば幸せになれるのか?

今言ったように、不安から解放されたくて起こす行動によって実際に不安が解消されることはありません。
別の不安を感じるような新たな現象が起きるだけです。

問題は、不安を喚起する現象が起きることではなく、「不安を感じやすい心」を持っていることなんです。
不安をなくすために必要なことは、「目の前の現象」に不安を感じている心を変えること、すなわち「不安を感じにくい心」を身に付けることなんです。

たとえば、高校生の子どもを持つ親が、子どもの成績が悪くて悩んでいるとします。
親は子どもを塾に通わせ、尻をたたいて勉強させる。その結果、ようやく成績は平均並みになった。
しかし今度は、その成績では一流大学に入れず、まともな就職はできないと担任から言われる。
親は不安になり、さらに子どもを叱咤して勉強させようとする。
すると今度は子どもが親に反発し始め、子どもは口を利くことすらなくなってしまった。
親はさらに悩む…。

この場合、親の不安の原因は「子どもの成績が悪いこと」ではありません。
「子どもに良い成績を取り、良い大学に入らないと不安で仕方がない親自身の心」が原因なんです。

もし「子どもがどんな成績を取れなくても、良い大学に入れなくても、私の子どもは絶対に幸せになれるから大丈夫だ」と思うことができれば、この親の悩みはなくなりますよね?
それが、「不安を感じにくい心」を身に付けるということです。


■「幸せになる」ために、「不安を感じにくい心」を作る

では「不安を感じにくい心」はどうやって身に付けるのか?

その方法こそが、冒頭で触れた
「不安や恐怖に振り回されない、考え方の技術を身に付けること」
「どんな環境でも生き抜ける強くしなやかな自分を創ること」
なのです。

この2つを身に付けると、「何が起きても私は大丈夫」と思えるようになります。
その状態はまさに「不安を感じにくい心」を身に付けている状態。
心には常に安らぎがあり、どんな問題が起きようとも落ち着いて対処することができます。


■まとめ:このブログのテーマ

繰り返しになりますが、このブログは「人生を幸せに生きるヒント集」です。

そのヒントを、
-「どんな環境でも生き抜ける強くしなやかな自分を創る」ためのヒント
-「否定的な感情を手放し、肯定的な感情を持って生きる」ためのヒント
の2つの視点から書き溜めていきます。

この2つのテーマに関連するカテゴリを立てていますので、
興味のあるカテゴリに目を通し、コメントいただければうれしいです。 

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